無気力な酒屋
画家の友人の家に、仲間で連れ立って絵の出来具合をチェックしに行くことになった。
絵の進行を促進するためには、画家にアルコールエネルギーを注入する必要に迫られていた。
手土産代わりに、画家が希望したのは菊正宗の瓶入り、つまり一升瓶だ。
くれぐれも、箱入り、つまり紙パック入り、ではないように、との注意があった。
重いものだし、画家の家の近所の酒屋で買えばよい、と仲間で話し合った。
五月で、夏のような気温だから、ついでに、ビールも買って来てくれ、と画家は言う。
アトリエのすぐ近くに酒屋があるから、との言葉で探したが、そこには、酒屋という看板もなく、店には酒関係のポスターの一枚もなく、物置のような、なんだか怠惰な空気が漂っていた。
声を掛けると、店の奥から四十代の眠たそうな顔をした男が、何の用だ、いう感じで現れた。
「あの‥‥」
躊躇いがちに口を切る。
「菊正宗。一番安いのでいいんですが、菊正宗、頂きたいんです。一升瓶で」
そう言うと、
「ああ」
と、眠そうな男は、口を開きもせずに返事をした。
「あそこの、画家の家に持って行くんですよ」
酒屋から見える画家の家の屋根を指差しながら、聞かれもしないのに、言い訳のように言った。
「画家? ああ、もしかして、あの家の、相撲取りみたいな人ね。そういえば、絵、描いているとかって、聞いたかな」
酒屋の主人が、ちょっと言葉の数を増やして言った。
「たしか、あそこ、普段は菊正宗なんか、飲んでないよなぁ」
独り言のように主人は言う。
ええっ、と内心、かすかに動揺したが、もう仕方がない。
「それから、ビールもお願いします、そうですね、6本」
お土産だから、切りのよい本数にした方がいいだろうと、ちょっと無理をする。
「ビールですか? あそこ、ビールなんて、飲んでたかなぁ?」
また、酒屋の主人が首を傾げて言った。
「あ、そうそう、ビールじゃなかった、発泡酒でお願いします」
あわてて、訂正し、ホッと胸を撫で下ろす。
「ちょっと、待ってて」
そう言うと、酒屋の主人は店の奥に消え、サンダルを脱いで、さらにその向こうの部屋に消えた。
いったい、どうしたんだろう、電話でもかかったのかな? と思っていたら、主人が発泡酒を3缶持って戻って来た。
「悪いね、冷えたの、3本しかないんですよ。俺の晩酌用だけどさ。あとは、冷えてないのでいいですかね?」
と言う。
これには圧倒されて、言葉が出なかった。
見まわすと、たしかに、店の中には、酒屋には必需品である陳列用冷蔵庫が無いのだった。
ま、しかし、品物は揃ったので、画家宅に行き、持参品を渡しながらこの出来事を報告すると、
「あの、酒屋のヤツ! バカにしてるじゃないか!」
と怒って、画家は玄関でシコを踏んだのであった。