バーバラ・ピム『秋の四重奏』を読む

このところ、暑さにやられて体調不良になって、グダグタした毎日を送っている。
そのおかげで、本をたくさん読めたのはよかった。

みすず書房の、バーバラ・ピム著『秋の四重奏』。
これは友人が読んでみたら、と貸してくれた小説。
自分で買った本でない、特に小説を読み始めるとき、私はちょっとした不安と恐怖を味わう。
でも、この小説は、そんな懸念は無用で、そうめんを食べるようにスルスルと読めた。
ユーモアと軽さ、そしてジンわりとした心地好さがある。

物語は、女性2人、男性2人が主人公、四人の視点がバランスよく配置されている。
四人は、ロンドンにある自動車会社の中の一部署に長いこと勤めていて、いよいよ60歳の定年が近づいている。
仕事は、なにやら、資料かなんかをファイルする閑職で、コンピュータの時代が近づいているので、4人がいなくなったら、もうその部署はなくなるらしい。

四人は、お互い、立ち入らず、深く付き合うこともない日々を送っている。
それぞれ、ちょっとしたクセものでもあるし。
でも、それとなくは、お互いの人生をちらちらと観察し、心配したりしている。
際立ったことも起こらない、さりげない、毎日が流れるが、それでも、小さな、さざ波のような生活上の事件はある。
自分の乳癌の手術をしてくれた医師に、感情転移的な憧れを抱いてしまうなんていう、あんがい共感出来る事などが描かれている。
「下宿屋」という生活形態の面白さ。
イギリス国教会カトリックに関する部分は、もしかすると重要な意味があるのかもしれないけれど、私にはちょっと消化し難かったのは残念。

四人の現状は皆、独身であって、それぞれが孤独。
そこそこのリタイア後の生活は送れる程度の経済的安定はある。
現代から見ると、60歳をかなり老人として扱っているのに、時代の違いを感じなくもなかったが、夕暮れ時の心地好さのようなものも読み取れた。
こういうセンスに、私はイギリス的なもの、ロンドン的なものを、強く感じて、いいなぁ、と思った。
幸せ、ってなんだろう、という読後感が残った。

バーバラ・ピムは現代のオースティンと呼ばれた作家らしいが、しばらくの間、忘れられて埋もれた作家になっていたようだ。
とりたてて、ダイナミックなことのない日常を描くのは難しいことなのに、この作家はなかなかの腕前だと思った。