ジョン・レノンの眼鏡(2)

店の表の扉が開いて入ってきたのは、元気なオバサンだった。
「すみませーん、お待たせしちゃって! 携帯電話の音が聞こえなかったんですよ〜」
と、手に持った電話を振り回すようなしぐさをした。
なんか、こう、ヒマワリみたいオバサンだな、と思った。

「あのう、こちらに置かれている眼鏡ですけど、ジョン・レノンが掛けていたのと同じデザイン、ってことですか?」
そう尋ねてみると、
「え? ええ。そうです。オノヨーコさんの許可をもらって、ライセンスで作られたものですよ・・。さ、いかが? 掛けてご覧になって」
そう言うと、ヒマワリマダムは、埃だらけの棚から眼鏡を取り、ためらう私に無理矢理、丸眼鏡を掛けさせた。
ふうむ、なんだかイギリスの女教師みたいだな、それとも、揺り椅子で編み物でもするおバアさんか? 
鏡に映る自分の顔に見入る。
「あら、とってもお似合いよ。この、ジョンの顔がね、ここの、鼻当ての中に描いていあるんですよ。ほらご覧になって」
そう言って突き出すように指し示された、小さな鼻当ての表面を凝視してみるのだが、中の絵は拡大レンズでもなければ見えない感じだ。
「こっちは職人の手作りです。これはやっぱりいいんですよねぇ、掛け心地が。今日も一つ売れましたのよ」
そう言いながら、反対側の棚からも眼鏡を次々に取り出す。
「こっちのタイプは鼻当てが無いタイプです。あら、お客さんは、鼻が高いから、ずり下がらないですねぇ。そうでない方だと、鼻当てがないと眼鏡が下がってしまうのよ〜」
ああ、これは、多分、眼鏡屋さんの常套句なんだろうなぁ、と私は思う。
鼻の低い人には、低い人向けの言い方がきっとあるんだろうなぁ。

「あのぅ、このお店の建物、この辺りでは昔の様子が最期まで残っているお店ですよねぇ。貴重ですね」
と、私が言うと、ヒマワリマダムはニッコリ笑い。
「あたしで4代目なんですよ。ま、ウチなんかは建て直すお金なんかないから」
と言った。
はぁ、と言いながら、私は蜘蛛の巣が垂れているような、剥がれかけた天井や、タイムスリップしたような古い店内を見廻す。
お金が云々、というより、このお店の様子には、何だか強い意志が滲み出ているような気がする。
朽ちて行くままを提示する、アートで言えば、一種のインスタレーションみたいな感じだ。

「あの、たとえば、この眼鏡にレンズを入れるとすると、おいくらになります?」
丸眼鏡を掛けた自分の顔を鏡に写しながら、私がそう尋ねてみると、
「ああ、ウチの店はレンズ、やってないんですの。ですから、他のお店に持って行って、検眼して、レンズを入れてもらって下さいねぇ」
ヒマワリマダムはそうさらりと言うと、またニッコリ笑った。
「ウチは、やたらと売りつけるようなお店じゃないですから」
気のせいか、マダムは胸を張り気味になった感じだ。
私はビックリし、同時にちょっとホッとした。
ここは買うつもりのないお客と、売るつもりのない店の人が邂逅する場なのかもしれない。
ジョン・レノンに導かれて・・。

「どうか、またいらして下さいねぇ〜」
ヒマワリマダムは明るい声でそう言って、私を送り出してくれた。
店の外の靖国通りは、相変わらず車の流れが激しかった。